平成の反戦教育が酷すぎて8月が苦手だった子供時代

九州メンバーのらぶ牛らぶ子です。

ロシアの侵略、ウクライナの現状には不安と怒りが湧きまくる今日この頃。

8月と言えば日本は、お盆もありますが、終戦の話題が出ますよね。

原爆投下の日、終戦記念日、子供の頃から私は8月が苦手というか、怖かったのです。

 

それはなぜかというと、、

 

小学校時代のトラウマです。

御歳30歳になってようやく、これがトラウマだということに気付きました。

遅くなった原因は後ほどに書きます。

 

小学校の1、2年の時の校長先生は、とにかく反戦教育に力を入れていた方でした。

給食の時間に教室のテレビ放送で原爆を題材にしたアニメ作品を流し、原爆に被爆して苦しむ人の描写を観ながら給食を食べなければいけなかった時期がありました。

体育館の壁に突然びっしりと戦争にまつわるプロパガンダだの、写真だのが貼られた中体育の授業を受けたり…

 

「明日から夏休みだ!」な終業式では、体育館のカーテンを全て閉め、プロジェクターを使って原爆の被爆者の生々しい写真を何十枚も見て、校長先生の「戦争はいかに残酷か」という話を聞いて、最後は全校生徒が起立、そして校歌を歌う。

 

これが夏休みの幕開けでした。

だからか私は、夏休みが近づくと憂鬱だったのを今でも覚えています。「またアレを見ないと夏休みにならないんだ。」と思っていましたから。

 

今はもう無いみたいですが8月になると戦争を扱ったドラマスペシャルとか、金曜ロードショーでは火垂るの墓とか、平成は定番でしたよね。

 

当時はウンザリしてました。

何も悪いことしてないのにこってり叱られたような気分。

 

でも戦争で犠牲になった方のことを怖いとか、気持ち悪いとか言うわけにもいかず、自分の感覚がおかしいと思うことにして長年トラウマ認定ができませんでした。

 

私と同じように平成のやり過ぎな反戦教育でトラウマを植え付けられた人は、大人になってもどこか戦争の話題に苦手意識が出来てしまうのではないでしょうか。

そうなると深い議論も出来ませんし、どうすれば戦争をせずに済むのかという議題にすら触れることなく、ただ8月が憂鬱なだけです。

 

これでは教育の意味が無いと思います。というか完全に失敗です。

そこから「はだしのゲン」とかを真面目に読みすぎて「そうか!天皇のせいであんな愚かな戦争は起こったんだ!」なんて思い込んだらもう手がつけられません。

 

九州支部の目標である「愛子様を天皇に!」を実現する上でも、脱、自虐史観たっぷりの歴史教育はより重要性を増したと考える今日この頃です。