こんにちは、九州支部メンバーの臨光です。
小林先生が以前読んだという、ヨラム・ハゾニー氏の『ナショナリズムの美徳』を最近読んでみたのですが、とても面白かったのでその内容を紹介してみようと思います。
さて、本書ではまず人類が生活していくうえで生じる政治秩序というものを三つに分類しています。
一つ目は、無政府状態。中央集権的な国家は存在せず、人々は自分たちの属する民族等を中心に暮らしています。
二つ目は帝国の秩序。ある強大な国家が他の国や地域を征服し支配下に置いた状態になります。いわゆる帝国主義はこの帝国の秩序を実現しようとする営みになります。
三つ目は国民国家。これは国家が、「ネイション」というものを軸に成り立っています。ネイションとは、「共通の言語や宗教的伝統など共有の遺産を持ち、共通の敵に対して団結してきた過去の歴史を持つ、単一ないし複数の民族」のことです。
さて、このうち無政府状態と帝国の秩序にはそれぞれ問題があります。
容易に想像はつくと思いますが、無政府状態では民族同士での争いが絶えません。
一方、帝国の秩序では逆に支配者が力を持っているのでそういった諍いは起こりにくく、平和がもたらされることが多いです。
しかし、帝国の秩序が抱える大きな問題は、支配者が被支配者に対して不寛容であることです。自分たちが掲げる理念や文化を強要し、被支配者の文化や伝統の違いを無視するため、彼らのアイデンティティは破壊され、結果として被支配者は不満を募らせます。
一方、国民国家はこれらの欠点を解決します。
国民はネイションの下で団結しているため国民同士の諍いはめったに起きませんし、国民は共通の言語や伝統、歴史を有していることから自らのアイデンティティが否定されることはありません。さらに、外敵からの侵略の際は一丸となって戦うことができます。
本書で面白いのは、無政府状態や帝国の秩序が現代においてはナンセンスなのは自明だとしても、マルクス主義やグローバリズムの思想も帝国主義の一形態だとしている点です。
確かに、これらの思想は国家の境界線をなくし彼らの普遍的規則の下で人類を統一し、世界に平和と経済的繁栄をもたらそうとします。
彼らは人々に対し自分たちが示す平和と繁栄のビジョンに忠実であることを求めますが、相手がそのビジョンに反対すると嫌悪感を露わにします。一見寛容な思想を掲げているのですが、他の帝国の秩序の特徴と同じく、自らの掲げるイデオロギーしか認めない点で不寛容なのです。
筆者は、そのような帝国主義の思想から脱し、きちんとした国民国家から成る秩序を作り直すべきだと考えています。なぜなら前述のとおり、帝国の秩序には大きな問題があり、歴史上大きな混乱を招いてきたからです。
また、ヨーロッパでEU設立の機運が高まったのは、ドイツのナショナリズムが暴走してナチス帝国が生まれ、第二次世界大戦が引き起こされたという反省に基づくものだというものがありますが、筆者はこれに反対します。
ドイツのナチス帝国は国民国家ではなく、帝国だというのです。確かに、周囲の国々を侵略し、ホロコーストでユダヤ人を虐殺したその様は明らかに帝国主義そのものです。
一般的に、ナショナリズムは戦争を誘発し混乱を招くから、EUのような国家の枠組みを小さくした共同体が平和でよいと思われがちですが、実際に侵略戦争を引き起こし、混乱をもたらすのは帝国主義なのです。
さて、国民国家は素晴らしい政治秩序かもしれませんが、国民国家どうしがうまくやっていくには、やはり何らかのルールが必要です。また、普通の国民国家が豹変し、帝国主義を始めてしまうのを防ぐ必要もあります。
そこで筆者は 国民国家同士の秩序を守るルールとして、七つの原則を提案します。ここではそのうち四つを紹介します。
一つ目は、「各国家が外国勢力の征服を阻止できるだけの軍事力と経済力を有すること」。これは当然ですね。
二つ目は、「ほかの国民国家の内政の不干渉」。これがないと、強力な国家が小規模の国の内政を掌握し、帝国の秩序が完成してしまいます。ただしこれを厳格に適用しすぎると逆に帝国主義国家の台頭をも容認しかねないので、もしそのような兆候がある際は、周囲の国家が干渉し防ぐ必要があります。
三つ目は、「国家内の組織的な強制力を政府が独占する」。これは逆に、中央政府の力が弱まり無政府状態になるのを防ぐものになります。
四つ目が、「普遍的機関への政府の権限の非移譲」。これは、EUのような組織に自分たちの主権を握らせないというものです。
以上をふまえて現代に目を向けると、気になるのは今のウクライナ情勢です。
ロシアが行っていることはウクライナを支配し自分たちの都合のよい状態にしようという試みですから、明らかに帝国主義の考え方だということがわかります。
また、国連が完全に機能不全になっている状況も重要です。国連安保理が機能していない以上、国連に頼らない、国家同士の新たな秩序の模索が重要で、その中で筆者の提唱する先ほどの原則は非常に示唆に富んでいると思います。
さてそんな中、ロシアが軍事侵攻を正当化するものとして、ウクライナをネオナチ政権から解放するというプロパガンダがあります。しかし、仮に現政権がネオナチ政権だとしても、これは明らかにウクライナに対する内政干渉(先ほどの二つ目の原則に抵触)ですし、そんなもの軍事侵攻の理由にはなりません。
筆者が他国への内政干渉を認めているのは、その国家が帝国主義国家になるのを阻止するのが目的です。ウクライナがロシアを侵略しようとしていたならまだしも、どっからどう見ても帝国主義国家ではないウクライナを侵略する理由はありません。
逆に、欧米各国がウクライナに武器等を援助してロシアの侵略に対抗するというのはロシアが何と言おうと、全く正しい取り組みと言えるでしょう。
ここでロシアの試みを阻止できなかったら、帝国主義の勝利となってしまい、今後の国際情勢に影響を与えかねないからです。
また、日本の置かれた状況も考えねばなりません。まず、そもそもアメリカの軍事力に頼り切って、自分たちの国を守る気概がかけているという時点で、国民国家として失格ではないでしょうか。少なくとも、大きな問題を抱えています。
筆者は、国民国家の大前提として、外国勢力の征服を阻止できるだけの軍事力と経済力を有すること(一つ目の原則)、を挙げています。経済力はあるかもしれませんが、憲法九条を維持してアメリカに安全保障をゆだねている日本の状況は問題です。
ただ一方で、日本はしっかりとした「ネイション」を持っています。
これは世界的に見ても大きな強みだと思います。結局、この「ネイション」というものがうまく構築できず、またそれが実際の国家の枠組みと一致していないがために苦労している国々が世界には数多くあります。国が一つにまとまっていないと、先ほどの三つ目の原則の維持は困難だからです。
したがって日本は、この利点を生かし、まだ不完全かもしれませんが、しっかりとした国民国家をこれから作っていくべき、また作ることができると思います。それが、予測不可能な世界になっていくこれからの未来に対し、健全な日本を次世代に残していくための責務だと私は思います。
では、そんな日本のネイションを束ねるものは何かというと、それは「天皇」であると、私は思います。天皇がいなくなると日本の伝統は廃れ、日本人はバラバラになってしまうでしょう。
ですから今後、日本が国民国家として今後もやっていくためにも、憲法等の問題も大事ですが、皇室の存続は必要不可欠の喫緊の課題であると思います。
参考文献:『ナショナリズムの美徳』ヨラム・ハゾニー著 東洋経済新報社